大判例

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福岡高等裁判所 昭和29年(ツテ)3号 決定 1954年12月13日

上告人 原告 株式会社日本潤滑工業所

訴訟代理人 木下重範

被上告人 被告 山下停 外一名

主文

本件上告を却下する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

本件上告は、当裁判所が仮処分事件に関し第二審としてなした終局判決に対する上告である。民事訴訟法第三九三条第三項第四〇九条の二、第二項の規定によれば、仮差押又は仮処分に関し高等裁判所が第二審もしくは第一審としてなした終局判決に対しては、憲法の違背を理由とする特別上告に限り許されるのであつて、一般法令の違背を理由とする普通上告は許されないのである。しかるに本件上告状及び上告理由書には本件上告が特別上告たることを示すべき何等の記載もないのみならず、かえつて右上告理由書によれば本件上告は一般法令の違背を理由とする普通上告であること明らかであるから、本件上告は不適法である。

或は、上告状又は上告理由書に何等の上告理由も記載していないときはその上告は不適法であるが、何等かの上告理由を記載している以上はたとい法定の上告理由に該当しないとしても上告の適法要件を欠ぐものではないから、原裁判所が上告理由の内容によつて上告の適否を判断することは不当である、という見解も考えられないではない。しかし上告に種別がなかつた旧法当時は格別、上告が特別上告及び普通上告の二種に分れ一定の判決に対しては特別上告のみ許される現行法のもとにおいては、このような判決に対しなされた当該上告が特別上告であるか否かを判定しなければ上告の適否を決することができないわけである。そうしてその上告が特別上告であるか否かは上告状及び上告理由書の記載によつて判断する外はないのであつて、原裁判所が上告理由からみて当該上告が特別上告であるか否かを判断し上告の適否を判定しても、それは上告の実体に立入つて上告理由の当否を判断するものではないから、もとより不当ではない。又或は、本件のような場合は原裁判所は一般法令違背の上告理由を憲法違背の上告理由に改めさせるため、民事上告事件等訴訟手続規則第九条の規定による補正命令をなし、その補正期間内に補正をしない場合は民事訴訟法第三九九条第一項第二号後段の規定により上告却下の決定をなすべきである、という見解も予想される。しかしもともと如何なる理由を上告理由として主張するかは上告人が自ら選ぶべき事柄であつて、裁判所が上告人に上告理由の追加変更を命じ得るものではない。且つ又上告状もしくは上告理由書に記載している上告理由が憲法違背の主張であるか一般法令違背の主張であるかは、上告理由自体に関する問題であつて上告理由の記載方式に関する問題ではない。従つて特別上告のみ許される場合に、上告状又は上告理由書に一般法令違背の上告理由だけ記載してあつても、その記載が前記規則第三条又は第四条の記載方式に適合する限り、同規則第九条の規定による補正命令はこれをなす余地がない。

以上説明のとおり本件上告は不適法であつて、しかも記録によれば本件についてはすでに上告理由書の提出期間を経過し、従つて上告人が上告理由を追加変更することはも早や許されないから、右の欠缺を補正することができたいことも明らかである。

そこで民事訴訟法第三九九条第一項第一号、第九五条、第八九条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判長判事 森静雄 判事 竹下利之右衛門 判事 高次三吉)

上告理由

一、原判決は民事訴訟法第七五九条の解釈を誤り不当に法律を適用した違法あり破毀を免がれず、即ち民事訴訟法第三百九十五条第一項第六号末段「理由に齟誤」ある場合に該当する原判決は其の理由中「本件建築禁止の仮処分によつて保全される被控訴人の権利は所有権に基く宅地の明渡請求権であるから被控訴人等が右宅地に建築中の建物の建築を続行しその工事が完成してもこれに依つて被控訴人の被るべき損害は金銭的補償に依り終局の目的を達する事ができるものといわなければならない、又成立に争いのない乙第四号証の一乃至六、及び原審証人田代数馬の証言によれば被控訴人等の建築中の建物は建坪十坪余の木造平屋建の建築ですべて基礎工事及び棟上を終え垂木及び屋根板も取付けてあるが屋根葺及び外壁もまだ全然できていないため本案の判決が確定するまでこのまま建築を禁止すれば風雨のため腐朽損壊の恐れがあり、これによつて控訴人等の被るべき損害は本件仮処分を取消すことによつて被控訴人の被むる損害より逢かに大きい事が認められる、これらの事情は民事訴訟法第七五九条にいわゆる仮処分を取消すべき特別の事情に該当するものといわなければならない」と判示しているが本件を綜合判断するとき

第一、上告人会社は製油を業とする会社であつてドラム罐置場拡張とガソリン、スタンド建設の為め昭和二十三年九月二十日本件土地を買受けたもので自ら使用することを必要とする為め被上告人に対し今日迄六年間の長い問に渉り再三明渡を求め今日迄地料損害金も厘毛も受取つていない事情にある。

第二、本件土地に就ては上告人と被上告人との間に賃貸借契約が締結されてなく被上告人等は本件土地を不法に占有しているものであつて今日迄明渡を為さず不法にも更に無断建築を敢行せんとしたもので遵法精神に欠け法を軽視他人所有の使用を自己の利慾の為め殊更妨害せんとするもので法治国としての我が国では法秩序維持の為めにも許される行為でない。

第三、被上告人等は上告人より屡々土地全体の明渡を求められていながら之に応ぜず不法にも無断で更に本件建物を建築せんとしたこと(之は予め上告人より建築の差止めに逢うことを知悉しながら計画的に建組を為して置き土曜、日曜を利用して一気に建築を完成せんとしたもの)で、本来本条に依る特別事情は仮処分の種類内容、債務者の職業地位、仮処分によつて受ける債権者の利益その他諸般の事情を綜合して債者務の蒙る損害が異常に大きいと認められる場合に特別事情ありと認定すべきものであつてそれが性賀上財産権であること自体によつて立保証に依る仮処分の取消が許容さるべきでないことは当然である、此の観点から本件を見るに本件建物は第三者たる訴外阿部喜久蔵等の住宅に提供する為め建築せんとするもので上告人が自己の営業上必要不止得の事情から建築せんとするもので賃借権もない本件土地に恰かも自己所有地乃至は賃借権を有する土地に自由に建築をする場合の如く振舞い建築をせんとするが如き行為はそれ自体債権者と債務者の利益公平擁護の観念よりするも債務者即ち被上告人が保護さるべきでない。

第四、原審は漫然と所有権に基く宅地の明渡権は金銭的補償に依り終局の目的を達することが出来るというけれども斯様な事情で建築される本件建物が一日建築されて之れが収去を求むることは、これに依る国家経済上の損失ないし居住者の住居の喪失と云うことに対する配慮から其の実行は現実の問題として著しく困難であり、為に上告人としてもその収去を断念せざるを得ないような羽目に立至ることも決して少くないことは裁判所に顕著な事実である。即ち本件の場合自然人情として第三者たる訴外阿部喜久蔵に対する損害賠償も考えなくてはならない結果となり上告人が今日迄隠認自重工場敷地狭溢の不自由を忍びながら被上告人の土地明渡を待つて居る精神上の苦痛を更に増加することとなり日本の法律ではこの様な事が許されるものかとの不安焦慮にかられその精神上の苦痛は単に金銭的補償によつて終局の満足を得らるるものあるとは到底認められないのである(同趣旨昭和二十五年(モ)第六一三号同年五月十日東京地方裁判所判決)現に繋争中西村一恵等が仲裁に入り敷地全体に建込まれている粗末なバラツク建の建物を収去して貰らえば上告人より移転料として金弐拾万円を交付させると申込んだが被上告人は之を拒否している。斯くの如き被上告人を何処迄も保護をしなければならないと云う理由が首肯出来難い、今若し本件建物を完成させんか之が収去を求むる本案裁判に於ては必ず居住者の立場国実経済上収去の損失等を考え上告人に一応買取り移転料等の交付を慫慂される事を考うるとき将来に禍恨を残し上告人の損害は現在に於ても見積り得ない状態である。判例も仮処分執行に依り債務者の蒙むる損害と仮処分の取消に依り債権者の蒙る損失との間に本質的に差異の認められない場合は仮処分を取消すだけの特別事情があるものと云うことは出来ない、仮処分により保全される権利が金銭的賠償請求権に代り得る性質のものであつても、民事訴訟法第七五九条に依る仮処分の取消を許すべきでない、場合は、之は許すべきでないと判示して居る(昭和二十五年(モ)第三三七号同年三月八日東京地方裁判所民事第九部判決)。

第五、尚乙第四号証の一、乃至六を以ても窺える如く基礎工事完了四柱をたてて棟上をすませ屋根板を打つて外廓のみほぼととなつている程度で板壁及び壁土もほどこしてない有様で建築費を要するのであつて現在の状況では建物を為した程度であるので容易に取壊が出来その材料は其のまま他に使用出来る有様であるので被上告人の蒙むる損害は僅かで唯自己の欲する場所に建て得ないと云うに過ぎず、之れが建築完了の上収去を求むるとすれば被上告人等の損失は却つて多大と云はなければならない、原審が本件仮処分取消を許す特別事情があると認定したのは将に民事訴訟法第七五九条の法文の精神解釈を誤つて不当に法律を適用判決理由に齟誤ある場合に該当し破毀を免がれない。

以上いづれの点よりするも原審判決は破毀を免かれない。

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